「ポジティブサプライズ」、「ネガティブサプライズ」という言葉をご存知でしょうか。資本市場ではおなじみの言葉ですから、株式投資をされている人は、ご自身の投資において経験された方も多いかもしれません。
「ポジティブサプライズ」「ネガティブサプライズ」とはそれぞれ、何らかの事象に対して事前に期待していたよりも、実際の結果が「よかった」「悪かった」という反応です。思ったよりもよかったという反応がポジティブサプライズ、思ったよりも悪かったという反応がネガティブサプライズです。
2025年を代表するイベントといえば、4月13日に開幕し、10月13日に惜しまれつつ閉幕した「大阪・関西万博(以下、万博)」です。モニクルは、万博のTEAM EXPOというプログラムに参加し、7月28日には展示・発表を行う機会を得ました。その観点では、私たちは運営者の視点で万博を見続けてきたとも言えるでしょう。
私はそのプロセスの中で、今回の万博は、株式市場でポジティブサプライズを起こし続け、株価が上昇する銘柄に似ているという印象を持ちました。万博への道のりと期待が世の中でどう変化し、一部で「万博マジック」とも呼ばれた「ポジティブサプライズ」を起こしたのか。今回のコラムでは、そのプロセスと背景を資本市場でよく使われる「サプライズ」の概念を用いて振り返ってみます。
さて、はじめに万博までの道のりを時系列で追ってみましょう。
2018年11月、パリに本部を置く博覧会国際事務局(BIE)での投票結果により、2025年の万博が大阪で開催されることが決定しました。メディアは「1970年の大阪万博の再来」「関西経済の起爆剤」として祝福ムードで報じました。
しかしその後は、2020年初頭からのコロナ禍の影響によるパビリオン建設遅延や資材高騰、東京五輪における汚職事件などもあり、大規模イベントへの論調は一転して厳しくなりました。更に、2024年1月には能登半島で地震が起こり、復興を優先すべきという声が強まる中、万博という大型イベントを推進する政府や大阪府に対しての視線は冷ややかな印象でした。
こうした空気の中、2025年4月に万博は開会されましたが、その直後もネガティブなニュースが続きます。例えば、開幕当日の4月13日時点でも一部の海外パビリオンが完成しておらず、外装が工事現場のようなシートで覆われたままの状態であり、「せっかくチケットを購入して来たのに期待外れ」というような来場者のコメントがメディアで報じられたりもしました。
また、ITを駆使して待ち時間をゼロにするという「並ばない万博」というコンセプトが掲げられていましたが、パビリオンの予約システムが複雑で、デジタルに不慣れな層は特に使いづらいという声も不満として上がってきました。
そして5月中旬ごろからは「ユスリカ」というハエの仲間が大量発生し、大屋根リングの柱やライトにびっしりと張り付く様子が「気持ちが悪い」といったコメントとともにSNSで拡散され、万博に対してネガティブな印象を与えることになりました。運営サイドは殺虫剤メーカーと連携して対策本部を設置し、薬剤散布を行うなどの対応を迅速に行いましたが、6月までそうした状況がSNS等で大きく話題になってしまいました。
「大屋根リング」などの万博の目玉となる施設やイベントに関するポジティブな話題もあり、万博に対して興味や関心がある層が生まれてきていた状況でしたが、開幕後の上記のような事象や、開催前の建設費に対しての批判的な声なども大きかったため、開催期間の初期はネガティブな意見が大きかったというのが実情でしょう。
その流れを少しずつ変えたのが、いまや人気者の「ミャクミャク」のブランド戦略だと述べると、皆さんはどのように思われるでしょうか。
ミャクミャクがどのように万博に影響を与えてきたのか、その背景を時系列に説明していきます。
2020年3月にミャクミャクの原型が、万博のシンボルとなるロゴマークとして発表されました。この時点ではまだ、ミャクミャクという名前も体の部分もなく、細胞をイメージした赤い輪と細胞核をイメージした目玉のデザインだけでした。
発表時から、ユニークなデザインと色使いに対して「気持ちが悪い(キモイ)」というような批判的な意見が目立ちました。当初は、このデザインも万博に対してネガティブな印象を持たせる理由の一つであったと思います。
ただ、その印象を大きく変える出来事がありました。2022年3月にはロゴマークをベースにした公式キャラクターのデザインが発表されました。現在私たちが見ている、当初発表したロゴマークを顔とし、青い体を持つ現在のデザインです。
青い体の部分は大阪の「水の都」を象徴するもので、定まった形を持たないという設定が不思議な魅力を与え、ネット上では「人知を超えた存在」「ラスボス感がある」といった独特な評価が生まれました。ネガティブではありませんが、一方で大きくポジティブでもないという状況です。
同年7月にはキャラクターの愛称が決定し、「ミャクミャク」と名付けられました。名称に対しても例えば、「不気味」「神様的」など様々な声が上がり、大きくポジティブであるとも言い切れない状況でした。一方で、名前が決定したことにより、キャラクターが定着する土壌ができてきたといえます。そうした中、遂に、2023年4月には公式ライセンスグッズが発売され、「ミャクミャク」のぬいぐるみが即完売し、大きなニュースとなりました(1)。
2023年からは、ミャクミャクの着ぐるみが全国各地のイベントや首相官邸などを訪問しました。静止画のロゴマークでは「怖い」「キモイ」といったネガティブな印象が多かったのですが、着ぐるみの動きを実際に見た人には「生で見ると意外とかわいい」といったような印象を与え、ポジティブな印象がSNSで発信され始めました。万博には批判的な意見を持っていた人、また関心がなかった人の中にも「ミャクミャクはかわいい」「万博とは別」という層が現れ、万博というイベントとは無関係にミャクミャクが人気となり、広がることになります。
この流れの中で、ミャクミャクグッズを身に着けたり、旅行に連れて行く「ミャクラー」という熱心なファンが生まれます。こうした現象をマスコミが取り上げることで、ミャクミャクのイメージがさらにかわいく、時にはおしゃれというポジティブな印象に変わっていきました。
つまり、最初は万博には興味がなかった層にとっても「ミャクミャクがいる万博」という認識に変わっていくことになったのです。キャラクターを活用して万博の印象の切り替えに成功した事例であるといえるのではないでしょうか。
様々なトラブルに見舞われていた万博でしたが、その都度対応したことと、実際に行った人の口コミとSNSの発信が、ネガティブな報道の流れをポジティブに変えていきました。「大屋根リングの上からの景色が絶景」「ミャクミャクが意外とかわいい」「パビリオン内の映像技術がすごい」というようなコメントがSNS上にあふれていくことになります。
もともとそこまでは期待していなかった人が、実際に行ってみると期待した以上で驚く。これが今回万博で見られたポジティブサプライズです。実際に体験した人からポジティブサプライズの発信が続いていくことで、事前の「チケットの値段ほどの満足は得られない」「行ったらがっかりするかも」といった評判が上方修正され、8月以降は、大変な猛暑でありながらも来場者が増えていくことになります。
下の図は、来場者の輸送実績を示したものですが、8月以降尻上がりに来場者が増えているのが見て取れるかと思います。本来は4月や5月の方が天候的には万博を楽しみやすいにもかかわらず、様々なネガティブなSNS発信や報道の影響もあり、万博のエンターテインメント性に半信半疑の人が多く、来場者は伸び悩んでいたといえるでしょう。
ポジティブな発信が続くようになった8月以降は、右肩上がりで来場者数は増加し、9月中旬以降は10月13日の閉幕への締め切り効果もあってか、連日24万人台の来場者数を記録しました。結果、万博は累計来場者数2901万人を記録します(2)。大阪府・市および日本国際博覧会協会が事前に予想していた2820万人を超えることに成功しました。
今回の万博は、開幕前、また開幕後数カ月は「税金の無駄」「失敗する」という声が大きかったものの、最終的には「惜しまれつつ閉幕」となりました。その成功ストーリーを「万博マジック」と片づけてしまうのは簡単ですが、この成功の背景にあるのは、戦略的に来場者のポジティブサプライズを生み出し続けたことだと思います。
では、万博がポジティブサプライズを生み出し続けることができたのはなぜでしょうか。来場者の現地での体験の満足感、愛好者をリピーターにしたことはもちろんですが、ミャクミャクというキャラクターを活用し、万博への批判層・無関心層を「万博への関心層」に変えていったことが、やはり大きかったでしょう。
株式市場でも「決算が期待したよりもよかった」というポジティブサプライズによって株価は大きく上昇します。一方、期待外れの決算後はネガティブサプライズとして株は大きく売られ、ひどい場合にはストップ安が数日続くこともあります。その中でも、株価が長期的に上昇する株式の特徴の一つは業績が投資家の期待を断続的に上回ることです。
一時的に市場で話題となるニュースを提供する銘柄の株価は、短期的に上昇することがあります。ただ、ファンダメンタルズとよばれる企業の業績を支える諸条件が強固になっていないと判断されれば、株価はすぐに元の水準に戻ってしまいます。
今回の万博を見ていて、万博の成功は、運営チームの努力もさることながら、ミャクミャクのブランドが万博の「ファンダメンタルズ」のコアとして欠かせない要素にまで格上げされたこと、またそうした中でポジティブサプライズを提供できたことにあるという所感を持ちました。その様子が、私には株式市場でのポジティブサプライズが続く優良銘柄によく見るシーンと重なって見えました。関係者の皆様、本当にお疲れさまでした。