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インフレとラグジュアリーブランド商品|コラム | モニクル総研

作成者: 木村 敬子|2025.07.10

物価上昇率の体感は、消費者物価指数よりも高い?

昨年から米の価格上昇が話題だ。ニュース番組やワイドショーで取り上げられない日はなく、国民が最も注目しているニュースの一つであると言っても過言ではないだろう。

2015年と2025年の、米5kgの小売価格を比較してみよう。各所のPOSデータ(1)によると、2015年には、全国平均が約1600円前後だったが、2025年5月には、4000円超になったと言われている。つまり、10年間で約2倍以上になったのだ。

米のような生活必需品の値上がりは、消費者の生活に直接的な影響を大きく及ぼす。しかし、実際には米だけではなく、ここ数年、多くのモノの価格が上昇し、「インフレ」という言葉が市民権を得ている。

消費者物価指数(CPI)のトレンドを見てみよう。物価上昇率は、2013年にプラスに転じ、2021年後半からより顕著に上昇を始め、2024年頃からは高止まりしている。諸外国よりも遅れての上昇ではあったが、現在、諸外国よりも高い水準で高止まりしている状況だ。だが、それでも、上昇率は、対前年比3~4%の水準なのだ。消費者の体感では、「もっと高い上昇率なのでは?」という感覚なのではないだろうか。

消費者物価指数は、「食品」「エネルギー」「住居」「交通」「教育」「医療」などの、複合的な要素の物価をベースに算出されている。個別に見ると、価格上昇が緩やかな要素も多い。

例えば、消費者物価指数における「住居費」は、賃貸に住んでいる世帯の家賃と、持ち家に住んでいる世帯の「帰属家賃」を元に算出されている。帰属家賃とは、「賃貸住宅に住んでいたとしたら、どれくらいの家賃を支払うことになるか」という金額を仮想的に評価した金額である。つまり、不動産そのものの価格は加味されていない。

家賃の変動率は、不動産価格の変動に比べると緩やかな傾向にある。ゆえに、消費者物価指数で「住居費」の変動率を見たとしても、消費者の体感としての物価変動率とは異なってしまう可能性がある。これが、体感とのズレの原因かもしれない。

マンション価格、株価、金価格の上昇率に見る「インフレ」


例えば、東京都全体のマンション価格は2016年から9年間で59.8%上昇したとのことである。特に上昇率の高い港区が最も高い価格上昇率を記録し、マンション価格は2年間で約2倍超となった(2)

また、インフレ時に上昇しやすいとされる株価や金価格にも目を向けてみよう。日経平均株価は、2015年5月と2025年5月を比べると、約2倍弱の約37800円となった。

金の店頭小売価格は、2015年12月には1g当たり4300円弱だったが、2024年12月には約13000円となった。つまり、10年間で約3倍になっている。ちなみに2025年に入ると更に上昇し、2025年5月には15000円を超えている(3)。この方が、消費者の体感に近いのではないだろうか?

インフレとは「物価が上昇すること」だが、裏返すと「お金の価値が下がること」でもあると言われる。先ほどの金の例で考えると、10年前に保有していた100万円を現金で持ち続けていた場合、10年後の今、手元に残っているのは100万円であるが、100万円分の金を保有していた場合、価値が約300万円になっていたということである。

現金そのものが減ったわけではないので、何も変わっていないように感じるかもしれないが、実は今買える金の分量は、10年前に比べると1/3に目減りしてしまっているということだ。つまり、お金の価値が相対的に下がってしまっているのである。これが「インフレ時には現金を持ってはいけない」と言われる理由だ。日本人はインフレに慣れていないので、モノを買うという行動に移せない人が多かったのではないだろうか?

10年前に購入した「エルメス」は、インフレ対策になっていた?

インフレ時に買うべきものとして、資産性が高い金や不動産、株は真っ先に思い浮かぶものではあるが、実はラグジュアリーブランドの商品価格もこの10年間で大きく値上がりしていた。ラグジュアリーブランド品は、そもそも生活必需品ではなく、頻繁に買うものでもない。加えて、株価や金価格のように、常に過去の価格が正確に確認できるような市場価格があるわけでもない。

そのため、広く知られている訳ではないだろうが、ラグジュアリーブランドの代表である、エルメスやシャネルのアイコンバッグの価格は、この10年間ですさまじく値上げされている。金や株に、引けを取らない上昇率である。

バッグ一つに200万円と言われると、「本当に売れるのか?」とも思ってしまうが、実際には非常によく売れている。特にエルメスのバッグは人気が高く、店舗に行っても在庫がなく、簡単に買える訳ではないようだ。10年前にラグジュアリーブランド品を購入していた人は、インフレに対する資産防衛とまでいかなくとも、「インフレ対策を行っていた」と自分の消費行動を正当化できるかもしれない。また、インフレが続くとなると、今後も値上がりし続ける可能性があるラグジュアリーブランド品を、「今日が一番安い」という言い訳とともに購入することは、一種のインフレ対策とも言えるかもしれない。

【ラグジュアリーブランドのアイコンバッグの価格推移】

  2015年 2025年 上昇率
エルメス バーキン30 定価 約110万円 約200万円 約82%
シャネル マトラッセ25 定価 約60万円 約175万円 約292%

出所:各種資料を元に著者作成


強気な価格設定にも関わらずラグジュアリーブランド人気は根強く、この10年間、各社の業績は右肩上がりで推移してきた。また、それに伴って各社の株価も大きく上昇しており、特にエルメスは10年で6倍以上、上昇した。マグニフィセント7と比較しても、さすがにエヌヴィディアやテスラには敵わないが、アルファベットやアップルをアウトパフォームした隠れたテンバガーだ。エルメスが好きであれば、エルメス株を購入することが、実は一番のインフレ対策になっていたかもしれない。

【エルメスとマグニフィセント7の株価パフォーマンス比較】

企業名 2015年5月 2025年5月 上昇率
Hermes International
(エルメス)
352 2428 689.8%
Alphabet
(アルファベット)
26.6 172 646.6%
Amazon
(アマゾン)
21.6 205 949.1%
Apple
(アップル)
32.57 200 614.1%
Microsoft
(マイクロソフト)
46.8 460 982.9%
Meta
(メタ)
79.19 647.4 817.6%
Nvidia
(エヌヴィディア)
0.55 135.13 24569.1%
Tesla
(テスラ)
16.72 346.4 2072.1%

出所:Investing.comのHistorical Dataより2015年5月、2025年5月の月次平均株価(Hermes Internationalのみ通貨単位はユーロ、それ以外はドル)

いずれにしても、これほどにも値上がりしたラグジュアリーブランド品が売れ続け、その企業の株価が大きく上昇していることは興味深い。消費者がラグジュアリーブランドに支払っている高い価格は、何に対する対価なのだろうか?インフレ下での価格引き上げは、ラグジュアリーブランド各社の業績にどのようなインパクトをもたらしたのか、またラグジュアリーブランドの業績は、実際どうなっているのだろうか?次のレポートでは、普段ベールに包まれているように見えるラグジュアリーブランドの実態について、財務分析を通してその秘密に迫りたい。