エルメス、シャネル、ルイ・ヴィトンなどのラグジュアリーブランドについて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。「一度は購入してみたい」、「持っていることがステイタス」、「また購入してみたい」など人によって抱く思いは違うかもしれないが、多くの人が何らかの「憧れ」を持っているのではないだろうか。一方で、「高額、無駄遣い」と思われることもあるだろう。
ラグジュアリーブランドの商品価格は、インフレと言われるこの数年の間にさらに上昇し、元々高い価格がさらに高くなっている。例えば、ラグジュアリーブランドの代表である、エルメスやシャネルのアイコンバッグの価格はこの10年間で大幅に値上げされている。
【ラグジュアリーブランドのアイコンバッグの価格推移】
2015年 | 2025年 | 上昇率 | |
エルメス バーキン30 定価 | 約110万円 | 約200万円 | 約82% |
シャネル マトラッセ25 定価 | 約60万円 | 約175万円 | 約292% |
出所:各種資料を元に著者作成
その強気な価格設定にも関わらず、ラグジュアリーブランドの人気は根強い。特にアフターコロナのリベンジ消費の後押しもあって、ラグジュアリーブランド各社の業績は好調に推移してきた。
ところで、ラグジュアリーブランド品はなぜ高額なのだろうか。「使用している素材が良い」「デザインが良い」「製造技術が高い」「購入体験が良い」「リセールバリューが高い」など、「良いものだから高い」「商品価値が高い」という側面はもちろんある。しかし、本当にそれだけで合理的な説明がつくのだろうか。
大幅な値上げにも関わらず、世界的にラグジュアリーブランド品が売れ続けているという現実を見ると、消費者がその高い価格に対して何らかの価値を感じていると言わざるを得ないだろう。しかし、その高い価格は、何に対して支払われている対価なのだろう。ラグジュアリーブランド品を購入する際、この点を明確に自覚している人は、どれくらいいるだろうか。このレポートでは、通常は金融のプロフェッショナルが企業価値算定や投資判断のために行う財務分析の手法を活用して、消費者がラグジュアリーブランドに対して払っている対価の分析にトライしてみたい。
まず、ファッションの領域において残念ながら日本ではいわゆる「ラグジュアリーブランド」と呼べるブランドを有している企業がない。この業界には、M&Aを活発に行って様々なブランドをグループインし売上を拡大してきた企業が多く、グローバルに有名なラグジュアリーブランドのコングロマリット企業としては、ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオールなどを有するLVMHモエヘネシー・ルイヴィトン、グッチ、サンローランなどを有するケリング、カルティエ、ヴァン クリーフ&アーペルなどを有するリシュモンなどがある。また、単一ブランドで有名な企業ではエルメス・インターナショナル、シャネル、プラダなどがある。
【ラグジュアリーブランドを持つ企業群】
企業名 | 主要ブランド(代表例)と概要 | 売上高(百万ユーロ) | 営業利益 (百万ユーロ) | 営業利益率 |
Hermès International (エルメス・インターナショナル) |
主要ブランド:エルメス バッグやアパレルなどを中心に展開。革製品の売上構成比率が最も高い。 |
15,170 | 6,150 | 41% |
LVMH Moët Hennessy Louis Vuitton(LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン) |
主要ブランド:ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオール、ティファニー、ブルガリなど バッグやアパレルなどが売上の半数近くを占め、それ以外では宝飾品や化粧品、高級ワインなど。 |
84,683 | 19,571 | 23% |
COMPAGNIE FINANCIERE RICHEMONT (コンパニー・フィナンシエール・リシュモン) |
主要ブランド:カルティエ、ヴァン クリーフ&アーペル、クロエ、モンブランなど 宝飾品が売上の大半を占め、ジュエリーが70%超、時計が15%超。 |
21,399 | 4,467 | 21% |
Kering (ケリング) |
主要ブランド:グッチ、サンローラン、バレンシアガ、ブシュロン、ポメラートなど バッグやアパレルが60%超、宝飾品が30%弱 |
17,194 | 2,554 | 15% |
PRADA (プラダ) |
主要ブランド:プラダ、ミュウミュウ | 5,432 | 1,280 | 24% |
CHANEL (シャネル) |
主要ブランド:シャネル | 16,456 | 3,960 | 24% |
出所:各社のウェブサイト、IR資料をもとにモニクル総研が作成
上図から分かるように、エルメスの営業利益率が他社より圧倒的に高い。この利益率の高さはどこから発生しているのだろうか。それを紐解くために、特に商品ポートフォリオの似ている3社(エルメス、LVMH、ケリング)の利益率や費用の構成比率など、収益構造を見てみたい。また、ラグジュアリーブランドとの比較対象としてカジュアルブランドであるユニクロを展開するファーストリテイリングの収益構造も一緒に見てみよう。
営業利益とは、売上高から営業費用を控除したものであるが、アパレル事業における営業費用の内訳は大きく①商品の原材料費や製造にかかる費用(工場の施設費用、工場の人件費など)である「売上原価」、②広告宣伝費や販売に関わる店舗費用、販売のための人件費、売上や事業管理にかかる費用などを含む「販売管理費」に分かれる。従って売上高は、売上原価、販売管理費、会社の取り分となる利益(営業利益)から構成されると言える。売上を100%としたときに、売上に対するそれぞれの比率を各社ごとに表したのが下記のグラフである。言い換えると、商品が一つ売れたときに、その価格を構成する要素が何であるかを示している。
もちろん会社によっては、バッグやジュエリー、洋服といった費用の構成比が異なるカテゴリが一つのブランドにまとめられていたり、複数ブランドが一つの会社にまとめられていたりすることに注意しなくてはならない。
その前提ではあるが、グラフを見ると、「原材料費の構成比(売上原価率)が高い企業」と、「販売費の構成比(販売管理費比率・販管費率)が高い企業」、また「会社の取り分となる利益の構成が高い企業」などそれぞれの特徴があることがわかる。
エルメスは、他のラグジュアリーブランドと比較して売上原価率は大きく変わらないが、販売管理費比率が圧倒的に低い。それがエルメスの利益率の高さの理由である。売上原価とは、その製品を作るのに直接的に必要な費用であり、売上に対しての比率は大きく変動しにくい。一方で、販売管理費はその製品を売るために必要な費用なので、売れなくても発生する費用である。つまり、販管費率が低いということは、あまりマーケティングに費用を使わなくても売れるということであり、これらのラグジュアリーブランドの中ではエルメスが圧倒的に人気だと言えるだろう。
逆に、ケリングは販管費率が高く、販売に苦戦していると想像される。ラグジュアリーブランド間では売上原価率に大きな差はないが、これら3企業と「ユニクロ」などを展開するファーストリテイリングを比較するとまた見え方が変わってくる。ファーストリテイリングの売上原価率が46%なのに対し、ラグジュアリーブランドの売上原価率は30%前後である。やや厳密さに欠ける表現にはなるが、ファーストリテイリングよりも、ラグジュアリーブランドの方が商品価格に対して原材料費や作っている製造コストが安いと言えるかもしれない。消費者にとっては、「コスパ」という観点で考えると、売上原価率が高く、販管費率が低いブランドが良いということになる。価格に見合う原材料を使い、マーケティングに無駄に費用を使っていないことを意味するからだ。
その観点からは、最もコスパがよいのはやはりファーストリテイリングである。一方、エルメスは売上原価率が低く、販管費率も低い。つまり、原材料にかかっている費用をかなり上回る価格設定がされていても、簡単に売れてしまうということである。言い換えれば、原材料費ではない別のものに消費者が高い価値を感じているということだろうか。そしてそれが「ブランドの力」であるとも言えるだろう。
特にエルメスは、その販売戦略によってブランドに希少性を持たせ、消費者の購買意欲を高めることに成功している。エルメスのアイコン商品であるバーキンというバッグは前述のようにこの10年間で倍近く値上げし現在約200万円だそうだ。しかし、このバッグはほとんど店頭には並んでおらず、一般顧客が店頭でこのバッグを購入することは至難の業である。非常に高い価格設定、買いたくても買えないという状況が、「バーキンを持つこと」により高い希少性を与えている。一方、価格の高さは必ずしも原材料の質や製造技術の高さを意味するわけではないため、ブランド価値を感じない人にとっては非常に割高な商品であるとも言える。
このように、エルメスはそのブランド戦略によりラグジュアリーブランドの中でもずば抜けた利益率と売上成長率を記録してきた。そしてそれは、エルメスの株価にも反映されている。これらのラグジュアリーブランド企業の中で、売上高が一番大きいのはLVMHであるが、実は現在時価総額が一番大きいのはエルメスである。売上の小さいエルメスが売上の大きいLVMHやケリングより時価総額が大きいのはなぜだろうか。
その謎を解くヒントは利益率とバリュエーションにある。下の表で、上記のラグジュアリーブランド企業のうち、特に時価総額の大きい3社に絞って、営業利益率、実際の当期利益額、売上高の平均成長率、PER(株価収益率)を比較した。時価総額をその企業の株式価値としたときに、株式価値を算定するアプローチは様々だが、どのアプローチでもおよそ収益力と市場の期待値から成り立つと言える。ここではそのアプローチの中でも、一般的によく使われる「時価総額=当期利益×PER(株価収益率、株式を購入する際にその企業の当期利益に対して何倍まで支払っても良いと考えるか)」の算出方法を使用したい。
この4社において、売上高ではLVMHが最も大きく、次にケリングが続き、エルメスは一番小さい。一方、営業利益率はエルメスが最も高く、次いでLVMH、ケリングの順になる。その結果、当期利益の高さは、LVMH、エルメス、ケリングの順になる。一方、市場の期待値であるPERは、エルメスが最も高く、次にLVMH、ケリングの順となる。市場の期待値の構成要素は様々であるが、将来の利益成長率が高くなると市場の期待値も高くなる傾向にある。売上成長率はエルメスが最も高く、利益率も最も高いので、エルメスの利益成長への期待値が最も高く、その結果PERが最も高くなっていると考えられる。このPERの高さが、売上規模に反して、エルメスの時価総額が最も高くなっている理由である。
【ファッションラグジュアリーブランドの業績と時価総額】
株式価値(時価総額)=収益力(当期利益)×市場の期待値(株価収益率)
企業名 | 売上高 (百万ユーロ) |
営業利益(%) |
当期利益(百万ユーロ) | CAGR(3年間) | PER(株価収益率) |
時価総額(十億ユーロ) |
エルメス・インターナショナル | 15,170 | 40.5% | 4,603 | 19.09% | 51.0 | 234.5 |
LVMH | 84,683 | 23.1% | 125.5 | 9.66% | 18.2 | 227.5 |
ケリング | 17,194 | 14.9% | 11.3 | -0.86% | 19.2 | 21.5 |
出所:各社の財務諸表とInvesting.comのデータをもとにモニクル総研が作成(PERと時価総額は2025年6月19日時点のもの)
また、売上原価率を過去に遡って見てみると、10年前と比較して数ポイントではあるが各社ともに下がっている。もちろん企業努力によって製造コストを下げてきたという側面もあるだろうが、この10年の間にインフレに乗じて大幅に値上げしてきたことを考えると、ラグジュアリーブランド各社ともに材料費、人件費を中心とした製造費用の上昇を価格転嫁できたどころか、それ以上の値上げに成功し、インフレを享受してきたとも言える。
また、このように、ラグジュアリーブランドはインフレに乗じて強気の値上げを行ってきたにも関わらず、この10年間で売上を大きく伸ばしてきた。これは、もちろん値上げ効果によるものであるが、裏返せば大幅な値上げをしても販売数量が大きく落ち込まなかったということを意味している。
ただ、足元ではこの状況に異変も見られる。最近各社の直近期の決算が発表されたが、実はエルメス以外の企業では、売上高成長率が減少に転じた。つまり、値上げ効果以上に数量減少効果が出ているということである。消費者の可処分所得が大きく上がらない中で、ラグジュアリーブランドの価格が、消費者が高くても欲しいと思う価格レンジをそろそろ超え始めているのだろう。インフレは一時ほどには進んではいないが、収まる気配もない。特に宝飾品でよく使われる金などはまだ上昇基調である。今後さらに製造コストが上がっていく中で、ラグジュアリーブランドはどこまで価格転嫁をするのか、あるいは価格転嫁せず利益率を下げるのか、方針に応じてどのような価格設定を行っていくのか。消費者としてもアナリストとしてもラグジュアリーブランドの企業戦略と業績から目が離せない。
【ファッションラグジュアリーブランドの2025年度第一四半期の売上成長率】
企業名 |
2025Q1売上高前年同期比** 営業利益(%) |
|
発表ベース | 為替調整ベース* | |
エルメス・インターナショナル | 8.5% | 7.2% |
LVMH | -2.0% | -3.0% |
ケリング | -14.0% | -14.0% |
シャネル | -5.3% | -4.3% |
**シャネルのみ2024年12月期(2025年5月20日発表)
出所:各社の財務諸表をもとにモニクル総研が作成