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企業価値向上のためのコーポレートガバナンスの在り方|レポート|モニクル総研

作成者: 木村 敬子|2025.11.06

はじめに

日本のコーポレートガバナンスは、2015年のコーポレートガバナンスコード策定から約10年の時間をかけて企業は社外取締役の数の確保や多様性の担保など、コードの遵守に取り組んできた。その点で、コーポレートガバナンスコード策定の一定の意義はあったと言える。一方、コーポレートガバナンスの実効性や質については、これから問われるべきフェーズに入ったと言える。金融庁も2025年6月に「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」を公表し、企業と投資家の自律的な意識改革を通じて改革を実質化させるべく、東京証券取引所(以下「東証」)と共に今後の取り組みを示している。コーポレートガバナンスの根底にある目的は、一貫して「企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」である。この目的は、経営陣、従業員、投資家、取引先といったあらゆるステークホルダーにとって共通の利益となり得るはずである。しかし、筆者自身の経験からも言えることだが、それぞれの立場からは特有のバイアスや視点の死角が生じがちである。執行側は日々の事業課題に、投資家は財務数値に、それぞれの関心が集中し、本来共有すべき「企業価値向上」という目的への道筋が見えにくくなることがある。本レポートでは、前編、後編に分けて、コーポレートガバナンスの要諦をなす「取締役会」「IR(インベスター・リレーションズ)」「株主・投資家」という3つの主要なプレイヤーに焦点を当て、それぞれが企業価値向上において果たすべき本質的な役割を再定義し、それらが個別に機能するだけでなく、いかに連携し、対話を通じて価値創造のエコシステムを構築していくべきかを考察したい。

まず、「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」の中でもコーポレートガバナンスにおける重要事項として明確に言及されているのが、取締役会の質である。取締役会の機能強化においても、独立社外取締役の人数といった「形式」から、その独立性の実質的な担保や経営監督機能の「質」へと議論の焦点が移っている。今後は経営の監督と執行の分離を進め、取締役会がより客観的な立場から実効性の高い監督機能を発揮できる体制を構築することがより重要となるだろう。さらに、コーポレートガバナンス改革の中核には、リスク管理といった「守りのガバナンス」に留まらず、健全な企業家精神の発揮を促す「攻めのガバナンス」による「稼ぐ力」の向上が据えられている。資本コストを意識した経営への関心は高まっているが、一方で積み上がった現預金の有効活用など、持続的成長に向けた経営資源の最適な配分は依然として大きな課題である。今後は、研究開発や人的資本といった無形資産への投資も含め、その戦略的な配分と説明責任がより一層問われるとともに、取締役会ではこういったテーマでの議論がより活発になされるべきである。そのためにも議論を促す活性剤として社外取締役の役割はより重要となるだろうし、議論を提起できるような社外取締役としてのスキルや質はより求められるようになるだろう。また、企業の持続的成長に資する価値ある議論が活発になされるために、投資家が果たす役割も重要であり、経営陣と投資家が互いの視点を理解し、建設的な対話を行うことが不可欠である。改訂されたスチュワードシップ・コードが目指すのは、まさにこうした「目的を持った対話」の促進であり、有価証券報告書の総会前開示や英文開示の充実は、そのための基盤整備と位置づけられる。企業と投資家の間に「緊張感ある信頼関係」を構築し、短期的な視点に陥らず中長期的な価値創造に向けた議論を深めていくことが期待される。

取締役会:企業価値創造の羅針盤

取締役会に求められる役割は、経営陣による業務執行を監視・監督することに留まらない。むしろ、中長期的な視点から企業が進むべき方向を指し示し、持続的な価値創造を牽引する「羅針盤」としての機能こそが重要である。しかし、取締役会が本当に企業価値向上のための機能を果たしているかという点については、未だ多くの課題が残されていると言わざるを得ない。筆者自身、アナリストとして企業を外部から評価する立場、事業会社の執行側として経営に関与する立場、そして社外取締役として経営を監督する立場、そのすべてを経験する中で痛感するのは、取締役会が執行側の決定を追認するだけの単なる「お飾り」となっていると、企業は環境変化への対応が遅れ、成長の機会を逸してしまうという事実である。

業務執行の最前線にいる執行役員を含めた経営陣は、短期的な業績や目の前の課題解決に思考が偏るバイアスから逃れることは難しい。また、KPIが売上や利益であることが多く、視点がPLの最大化に偏りがちである。さらに、経営陣としての失敗や短期的な損失を避けたいという点から現状維持バイアスに陥りやすい。そうした執行側の弱点に対し、より客観的、俯瞰的な高い視座から、短期的利益やPLだけに拠らない、資本効率も含めた中長期的に経営にとって必要かつ建設的なアジェンダを提起し、議論を深めることに取締役会の価値がある。研究開発や設備投資といった有形資産への投資だけでなく、その源泉となる人的資本や知的財産といった、財務諸表には直接的に現れない非財務資本への戦略的投資といったテーマも重要な経営アジェンダである。資本コストや株価を意識した経営が求められる中、取締役会はリスクマネジメントという視点からの経営監督だけにとどまらず、執行サイドが見落としがちなアジェンダを提起し、議論を深めるナビゲーションを行うことも求められている。それがいわゆる「攻めのガバナンス」である。ではそういった役割が大切であるにも関わらず、取締役会が役割を実行できていないとしたら、要因としてどういったものが考えられるだろうか。筆者は要因の一つは取締役の質であると考える。

社外取締役の存在意義と求められる資質:独立性

取締役会が、経営の監督機能と経営上必要な議論を促すナビゲーターの役割を果たすためには、その取締役会を構成する取締役に、求められる機能を果たせる資質が備わっていることが必要である。では、その資質とはどのようなものであろうか。コーポレートガバナンスコードでは取締役として社外取締役、特に当該企業とのしがらみのない中立的な存在としての独立社外取締役を一定数導入することを規定し、取締役の独立性、中立性の確保に向けての大きな後押しとなった。2021年の改定では、プライム市場上場企業であれば取締役の3分の1以上を社外取締役とすること(スタンダード市場、グロース市場については、2名以上の選任)を求めるに至り、この比率は今後の改定によりいずれ過半数に引き上げられると予想されている。

下図のように、現在この規定にコンプライしている企業は非常に多い。そういった点では取締役の監督機能や建設的な議論を促すために経営陣に対して忖度しないという「独立性」については、形式的にはある程度担保されるようになってきている。しかし、取締役会の構成として独立社外取締役の割合は3分の1以上で十分だろうか。緊張感を持った取締役会の運営、議論の活性化を促すという観点から、より社外取締役が主体となって発言しやすい環境を作る上でもやはり過半数は必要なのではないだろうか。社外取締役は社内取締役にない新しい視点や忖度しない視点をもたらすことができる一方、その視点を取締役会で掘り下げられるようにするためには、社外取締役が強い意志を持って主張するだけでなく、取締役会の参加者がその意見に耳を傾ける必要がある。もし全体に占める社外取締役の数が少なければ、その意見が正しかったとしてもスルーされてしまう可能性がある。そういった観点から、社外取締役の意見が十分に取り上げられる環境を作るためには過半数が必要であると考える。現時点でもプライム市場において過半数の独立社外取締役を選任している企業は26%超となっており、これらの企業が「攻めのガバナンス」に向けての積極的な姿勢を示していることを評価したい。

【独立社外取締役の選任状況】

集計対象 社数 2名以上の独立社外取締役選任 3分の1以上の独立社外取締役選任 過半数の独立社外取締役選任
プライム市場 1622 99.6% 98.8% 26.2%
スタンダード市場 1569 85.3% 59.3% 6.8%
グロース市場 610 70.5% 64.6% 15.6%

出所:東証「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況(2025年7月18日)」(2)

また、社外取締役の独立性を担保する上で重要な視点として言及しておきたいのが、報酬体系である。社外取締役は、企業の最高意思決定機関である取締役会の一員として、企業経営に対し非常に重い責任を負っていることへの対価として然るべき報酬を得るべきであるが、社内、社外に関わらず諸外国と比べると日本の取締役の報酬が低いという調査結果などもある。報酬が低すぎると優秀な人材を社外取締役として獲得することが難しくなってしまう。その一方で、報酬や就業条件があまりにも好待遇であったり、社外取締役が得られる報酬に依存し過ぎていると、その職を手放したくないがゆえに反対意見を言わない、社内の経営陣に阿る、といった株主に対する利益相反ともなりうる行動を招きかねない。社外取締役の独立性を担保しつつ、社外取締役として優秀な人材を獲得するために必要な報酬体系については、今後企業はより主体的に考えていかなくてはならないだろう。現在の日本における社外取締役の報酬は、現金による固定報酬であるところがほとんどであるが、中長期的な企業価値向上にコミットするための報酬体系としてはベストであるとは言い難い。エグゼクティブ報酬コンサルティングを専門とするFW COOKのレポートによると、米国では社外取締役の報酬の38%が現金、62%が株式となっているようだ(1)。確かに、株式価値は中長期的な企業価値そのものであり、株主と全く同じ目的を持って企業経営にコミットすることができる。今後日本においても、社外取締役の報酬として株式による報酬の導入がより進むことを期待したい。

社外取締役の存在意義と求められる資質:経験やスキルの多様性

また、コーポレートガバナンスコードでは、取締役会が「役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性、職歴、年齢の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成される」ことも求めており、取締役の質向上のために独立性だけでなく多様性の担保も必要とされている。しかし、この「多様性」もまた、独立性と同様に形式主義に陥る危険性を孕んでいる。ジェンダーや国籍といったデモグラフィックな多様性は、異なる視点をもたらす上で重要であるが、それだけでは不十分である。特に、ジェンダーギャップの解消という社会的気運に後押しされる形で、取締役における女性比率を上げるために候補者の少ない社内取締役ではなく、女性の社外取締役を増やすことで女性取締役比率を上げるという企業が過去10年は多かった。2015年に制定されたコーポレートガバナンスコードの要請により社外取締役の数を増やさなくてはならない中、女性の社外取締役を迎えることでどちらの目的も果たせるというメリットがあったことが大きい。

もちろん多様性という観点から取締役に占める女性比率は非常に重要なテーマではあるが、その達成だけが多様性を担保するものではない。より重要なのは、企業の持続的な成長に必要な専門性や経験、すなわち「経験やスキルの多様性」である。例えば、グローバル市場への展開を最重要戦略とする企業であれば、海外での豊富な事業経験を持つ人材は不可欠であろう。また、デジタルトランスフォーメーションが喫緊の課題であるならば、テクノロジーに関する深い知見を持つ人材が必要となる。取締役会が「羅針盤」として機能するためには、企業の進むべき航路を正しく指し示すための知識と経験が、取締役会全体として備わっていなければならない。多様性の確保は、社会的な要請に応えるためのアリバイ作りではなく、企業価値向上という目的に直結した戦略的な取り組みでなくてはならないのである。

現時点では、スキル・マトリックスの開示は進んでいるが、取締役の経験やスキルの多様化が進んでいるとは言い難い。例えば、独立社外取締役の属性について時系列で変化を見ると、コーポレートガバナンスコードが導入された2015年以降、弁護士と会計士の比率が上がっている。これは、社外取締役の数を増やす、かつ女性社外取締役の数を確保するという観点から、経験とスキルの証明がしやすい士業が候補として選ばれやすかったことが背景となっている。もちろん、弁護士、会計士の中でも経験やスキルの多様性を確保することは可能だと思われるが、ジェンダー、専門領域のスキルで多様性の確保を図るだけでなく、取締役における経営経験での多様化が進めば、もっと取締役の質向上につながるのではないだろうか。例えば、筆者のキャリアを踏まえても、同じ業界であったとしても大企業の経営とベンチャーや外資系企業の経営では、全く異なる経験になる。リソースが豊富だが、社内の意思決定までに慎重な議論と合意形成が必要になる大企業に対し、ベンチャーではリソースが少ない中、スピード感ある経営が求められる。また外資系企業は、日系企業とは全く異なる企業文化や人事評価体系を持っており、異なった組織運営ノウハウがある。しかし、これらはスキル・マトリックスに現れにくい要素である。

今後、外部の投資家は、社外取締役の数や取締役の女性比率、スキル・マトリックスなど形式的な数値だけで取締役会の有効性を判断するのではなく、企業との対話を通じて取締役の多様性の在り方やその質を理解し、取締役会の有効性を判断していく必要があると思われる。ファンダメンタルズ分析を主軸にしている機関投資家であれば、企業価値判断や中長期的な投資判断において、定性的な情報として経営者の質を判断軸に加えていることが多いだろう。筆者も経験があるが、そのためにCEOやCFOと直接議論できる機会を要請することも多い。もちろん、社内取締役や経営執行の質の判断は投資判断において非常に大切であるが、それを監督する取締役会の有効性や、社外取締役の質ももっと投資判断に積極的に活用すべきであると考える。

では、こうした「独立性」と「多様性」を兼ね備えた、質の高い社外取締役をいかにして確保すればよいのだろうか。この点こそ、多くの日本企業が抱える根深い課題であると筆者は考える。従来、社外取締役の選任は、現経営陣の個人的な人脈や紹介に依存するケースが多く見られた。いわゆる「お友達」を候補者とすることは、忖度のない厳しい意見を避けたいという経営陣の意図を助長し、取締役会の同質化を招く温床となる。これでは、経営陣から真に独立した監督機能や、新たな視点をもたらす多様性の確保を期待するのが難しい。

質の高い社外取締役を確保するためには、まずその選任プロセスそのものを変革する必要がある。その主導的役割を担うべきなのが、独立社外取締役が過半数を占める「指名委員会」である。指名委員会は、まず自社の経営戦略と照らし合わせ、現在の取締役会に不足しているスキルや経験を客観的に特定し、候補者に求める要件を明確に定義しなくてはならない。その上で、そういった候補者にリーチするために最大限の努力をすべきである。最近はエグゼクティブサーチファームや社外取締役候補のデータバンクの数も増えており、以前より優秀な候補者にリーチしやすくなっている。そして最終的に候補者を選定する際には、その人物の経歴や専門知識だけでなく、経営にとって重要なアジェンダを見極める俯瞰力、健全な対立を恐れずに建設的な議論を主導できるコミュニケーション能力とリーダーシップ、そして何よりも、「株主全体の利益のために企業価値向上に強くコミットする倫理観と意志を持っているか」といった定性的な資質を慎重に見極める必要がある。この見極めは、指名委員会が主体となり、複数の取締役が多角的な視点から面談を行うなど、透明性と客観性が担保されたプロセスを通じて行われるべきである。また、株主や機関投資家は積極的な社外取締役との対話を通して取締役会の質や実効性について判断するだけでなく、社外取締役の質についても判断し、投資判断に反映したり、企業にフィードバックしていくことも必要だろう。

独立性と多様性を実質的に担保し、質の高い取締役で構成された取締役会こそが、執行側のバイアスを乗り越え、企業を正しい方向に導く「羅針盤」となり得る。そのための第一歩は、旧来の属人的な慣行を脱し、戦略的かつ透明性の高いプロセスを通じて、真に企業価値向上に貢献できる人材を取締役会に迎え入れることから始まるのである。また、企業側が取締役会の質向上に積極的に取り組む機運を醸成するためにも、投資家が果たす役割は大きい。今後は取締役会の質向上に向けての方針や取り組みの開示や、それを踏まえた投資家との対話がより活発になされることが期待される。