はじめに
モニクル総研での第一稿となる本稿では、研究員の一員である筆者が、どのような経歴を持ち、その経験を活かしてモニクル総研でどのような活動をしていきたいと考えているかをご紹介したい。
企業経営に関わる様々なステークホルダーとして
筆者は、10年超証券会社や資産運用会社で証券アナリストとして日本企業の企業調査、財務分析と企業価値算定に基づく株式投資に関わり、その後10年超アメリカのテクノロジー企業の最大手の一角で営業戦略立案や法人営業活動、管理職として組織マネジメントに関わってきた。現在はモニクルグループの執行役員として経営企画領域を担当しており、企業経営や投資家とのコミュニケーションに関わっている。また、それに加えて上場企業の社外取締役として企業経営にも関わっている。
この経歴の中で、国内外の、大企業からスタートアップまで様々な企業の「企業経営」というものを企業経営に関わる様々なステークホルダーの立場から見つめてきた。企業経営の客観的評価者であるアナリストとして、また株主である機関投資家として、そして企業が行う事業の最前線で執行を行う社員として、企業の事業パートナーとして、企業経営における執行側のマネジメントの一員として、そして、企業経営をモニタリングする社外取締役としてなどである。
その中では、ステークホルダーとして立場が変わると企業経営に対する見方が変わり、別の立場からは見えていなかったことがもう一方の立場からは見える経験をした。企業経営がいかに複雑で多角的視点が必要であるかを身をもって経験してきたといえるだろう。企業経営だけではなく、あらゆる事柄において、対象となる事象を俯瞰して見ることによって初めて得られる視点がある。その視点から対象を再考することによって、俯瞰する前には理解できなかったことが理解できるようになったり、新しい着想を得ることができるようになったりすることが往々にしてある。これは企業経営にも当てはまると言えるだろう。
執行側の視点と投資家の視点
例えば、執行側からの視点で経営を進めていると、意思決定の際に事業において現時点で問題となっていること、注力していることにバイアスがかかりがちになることがある。製造業であれば、業務執行の中で生産設備のキャパシティーが足りないという問題が発生した場合、資金を使って生産設備を増強しようという意思決定がなされるだろう。その際、自社の資産として購入すべきか、リースを活用してオフバランスして増強すべきかという比較がされるかもしれない。
また場合によっては、その設備をすでに持っている他社を買収するという選択肢まで広げて検討されることもあるだろう。生産設備のキャパシティー不足の解消という点ではそれらの意思決定は正しいかもしれない。しかし、一方で、企業全体の価値最大化という点では、そもそもその生産設備の増強が長期的に企業価値を高めるために必要な打ち手なのか、もっと別のことに資金を使った方が企業価値最大化に繋がる可能性があるのではないかといった視点での検討も必要だろう。
執行側の担当者は、今見えている課題解決を第一に優先しようとするバイアスがかかってしまい、そのバイアスに基づいた意思決定がなされてしまう可能性がある。一方、別の視点から見たときには、異なる意思決定の可能性もあり得る。その別の視点とは、特により俯瞰的に企業価値の最大化を目指すための意思決定を行うという視点である。その視点をもたらすことが期待されるのは、社外取締役や投資家といった別のステークホルダーである。
逆に、投資家から見えている視点が企業内部から見た視点とは異なっており、そのために投資家が誤った意思決定を行ってしまうというケースもあり得る。例えば、投資家目線だと、財務状況も良好で、足元では力強く事業成長しており、経営者も優秀で事業が非常にうまくいっているように見える企業があったとき、投資家はその企業の企業価値を高く評価するだろう。しかし、社内では常に利益を出すことが求められるプレッシャーがあり、個々人は優秀だが組織として機能していない、長い目で見たときの後継者育成がうまく行っていない、利益を出すことが優先されコンプライアンス機能が働いていないといった状況が発生しているかもしれないのだ。
こういった企業は、短期的に企業価値は高く評価されるかもしれないが、長期的な企業価値は実はリスクにさらされている。私自身も投資家として企業調査する経験と、調査される側の企業で働く経験や、それらの企業に事業パートナーとして関わる経験の中で、特に財務諸表やIR資料などの定量情報からは得られない非財務情報を中心に、企業経営には投資家として対峙していたときには見えていなかった側面が多くあることに気づかされた。
企業経営の最大の目的は「サステナブルな企業価値の向上」
アナリストや経営コンサルタントなど、外部のステークホルダーは企業経営を財務的側面や事業KPIなどの数値的側面から議論しがちだが、企業経営の執行を最前線において行っているのは”人”である。どんなに美しく、正しい経営理論であっても、それを組織に導入し、実践していくためには、”人”を動かす仕組みがなくては実現できない。人を動かす仕組みの中には企業文化も含まれる。その企業文化は数値化することや評価することが難しいが、企業価値向上に貢献する大きな要素である。筆者自身もアナリスト時代には企業価値評価において企業文化をそこまで重視していなかったが、業務執行や企業経営に関わるようになって、アナリスト時代に感じていた以上に企業文化が重要だと感じるようになった経験がある。
筆者が10年以上勤務していたアメリカの大手テクノロジー企業では、独自の企業文化を非常に大切にしており、それがイノベーションを持続する競争力の源泉となっていた。そのため、採用時にも明確な基準としてカルチャーフィットを掲げ、詳細かつ厳格に採用プロセスの中で評価していた。しかし、こういった一連の取り組みは定量化することが難しく、アナリストにどこまで理解され、評価されているかは疑問である。このように、立場が違うと見え方が違う、常に別の立場から見えない死角が存在し得る、といった例は企業経営において枚挙に暇がない。また、見え方が違っていると、相当に想像力を働かせない限りは、違う視点を持っている相手との対話が難しくなってしまうという問題も発生し得る。
企業経営の最大の目的は「サステナブルな企業価値の向上」であり、これはすべてのステークホルダーに共通する目的となり得る。一方、それぞれのステークホルダーの立場にあると、これまで述べてきたようにこの目的にバイアスがかかってしまう圧力が働きがちである。そしてそういったバイアスによって、本来であれば企業価値向上に資する視点が見過ごされてしまうことに繋がってしまう。
筆者がこのモニクル総研でのレポート発信を通じて達成したいことは、筆者の経歴及び経験を活かして、常に企業経営に関わる様々なステークホルダーの多角的な視点を提供することであり、ステークホルダー同士の対話の架け橋となることである。それによって企業経営におけるバイアスを取り除き、企業経営に関わるステークホルダーが企業価値向上に繋がるより良い意思決定を行っていくための一助となれば幸いである。