「PBR1倍割れ問題」の現在地、TOPIXは1.5倍以上に
2023年3月、東京証券取引所(以下、東証)が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を発表し、大きな話題となった。それ以降、「PBR1倍割れ問題」が広く認知され、多くの企業が増配や自社株買いといった資本効率向上の施策を中心に、PBR改善に取り組んできた。その効果もあり、TOPIXは当時からおよそ1.5倍以上に上昇している。
本要請は、中長期的な企業価値向上の実現に向けた取り組みや、株主・投資家との建設的な対話を促進するためのものである。東証はPBRの水準に係わらず、プライムおよびスタンダード市場の全上場会社に対応を求め、開示企業の一覧表を毎月更新・公表している。この背景には、長年にわたる東証の課題意識があった。コーポレートガバナンス・コード導入後も、多くの日本企業では資本コストや資本収益性を十分に意識した経営資源の配分が進まず、解散価値であるPBR1倍を下回る企業が依然として多数を占めていたのである。筆者自身も、機関投資家時代にこの課題を痛感することがあった。安定的に利益を計上して自己資本は積み上がるものの、バランスシートの在り方や資本効率への意識が低いために結果としてROEが低下し続ける企業に、その点を指摘しても、理解は示しつつも具体的な行動をためらう、あるいは恐れる経営陣が確かに存在した。そうした時代と比べると、今回の要請が、多くの企業に改めて資本収益性や資本コストへ目を向けさせるきっかけとなったことは、大きな進歩と言える。
日本企業のROE・PBR、アメリカ企業と比べると依然として低い水準に
東証の要請を受け徐々に企業の対応は進み、2024年12月末時点で、検討中も含めてプライム企業の90%、スタンダード企業の48%が開示を行っている。この効果もあってか、東証プライム上場企業のROE(自己資本利益率)は改善傾向にあり、上述のように株価も上昇した。しかし下記の表のように、日本企業のROEやPBRは、S&Pなど海外の主要市場と比較すると依然として低い水準にある。ROEが相対的に低い水準にあるだけでなく、株価やバリュエーションを意識した経営が海外に比べると不十分なせいでPBR、PERの水準も低い。もちろんバリュエーションは現時点でのROEの水準や利益成長力といった実績数値の影響を受けるが、それに加えて投資家からの将来の「期待値」をいかに形成できるかというマーケティング的要素も強いため、経営者からの働きかけや施策の質によって差が出やすい。東証の要請はあくまで取り組みの「開示」を促すものであり、その質や企業のコミットメント、実効性までを問うものではないため、今後企業価値のさらなる向上のためには施策の開示だけにとどまらず、経営者の継続的な意識改革とそれを具体的な戦略・施策へ落とし込み高い実効性を持って取り組んでいくことが不可欠である。
【日本企業とアメリカ企業の比較】
TOPIXは2025年7月時点、S&PはS&P Composite 1500で2025年8月時点
日本(TOPIX) | アメリカ(S&P) | |
PBR | 1.47倍 | 4.74倍 |
PER | 16.2倍 | 22.4倍 |
ROE | 9% | 18% |
過去10年のパフォーマンス | 123% | 229% |
出所:東証、S&P Global
コーポレートガバナンス全体の継続的な改善・改革が重要
資本コストや株価を意識した経営を真に実現し、その質と実効性を担保するためには、改めてコーポレートガバナンス全体の継続的な改善・改革が重要となる。2015年のコーポレートガバナンス・コード策定から約10年が経ち、多くの企業で遵守体制は整った。しかし、実質的な成果が問われるのはこれからである。金融庁も2025年6月に「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム 2025」を公表し、企業と投資家の自律的な意識改革を通じて改革を実質化させるべく、東証と共に今後の取り組みを示している。この機運を捉え、さらなる資本効率と株価の改善を通じて企業価値向上を継続していくために、コーポレートガバナンスの質をいかに高めていくべきかについて改めて考えてみたい。次回のレポートでは、コーポレートガバナンスを構成する主要なステークホルダー、すなわち「取締役会」「IR」「株主・投資家」がそれぞれ果たすべき本質的な役割を考察し、企業価値向上に向けて各々ができることを提示することで、コーポレートガバナンスの質向上に向けた提言を行いたいと考えている。
【参考資料】
- 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について
https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/jr4eth0000004vj2-att/jr4eth0000004w6n.pdf
- コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム 2025
https://www.fsa.go.jp/singi/follow-up/statements_8.pdf