はじめに
2025年春、プラチナNISAという新たな制度構想が、静かに業界をざわつかせ始めた。
この構想は、資産運用立国議員連盟が石破首相に提出した「資産運用立国2.0に向けた提言」に盛り込まれたもので、「高齢者が安心して長生きできる社会を、金融面から支えるための環境整備」を理念に掲げている。注目すべきは、現行の新NISAでは投資対象から外された毎月分配型ファンドを、プラチナNISAではあえて対象に含めるという方針が打ち出されている点だ。
「取り崩し期の資産活用を支援する」という旗印の下で思い起こされるのは、かつて投資家の強い支持を集めた毎月分配型ファンドの華やかな全盛期、そしてその後の苦い結末である。日本版金融ビッグバンの一環として、それまで証券会社に限られていた投資信託の販売が1998年12月から銀行にも解禁されると、販売の現場で圧倒的な存在感を放ったのが毎月分配型ファンドであった。「栄枯盛衰」と語られがちな毎月分配型だが、実のところ、今なお一定の支持を保ち続けており、とりわけ対面チャネルを中心に、「なんだかんだで売れ続けている」という現実も見逃せない。
本稿では、いま再び注目を集めつつある定期分配型投資信託の変遷を振り返りつつ、プラチナNISAの構想から見えてくる「取り崩し期の資産運用」の課題と可能性を考察する。なお、資産活用の手法としては、毎年一定の割合で資産を取り崩す「定時取り崩し」もあるが、本稿では敢えてその方法論には踏み込まず、ファンドアナリストの視点から、分配型ファンドの構造と制度設計に焦点を当てて議論を進めたい。
毎月分配型ファンドの誕生と拡大 ─ 制度と人気の背景
まずは、投資信託の分配金の仕組みと、その成り立ちについて振り返っておきたい。
投資信託の分配金(収益分配金)とは、投資信託が決算を迎えた後、受益者(投資信託の保有者)が保有する口数に応じて支払われるお金のこと。分配金を出す頻度は、年1回や毎月(年12回)など商品によって異なり、具体的な分配金の額は、投資信託の運用を担う委託会社が決算の都度決定する。一般的に、年4回以上決算を行うタイプを総称して定期分配型と呼ぶことが多い。
分配金は、運用を通じて得られた利益から支払われることを原則としているが、日本の公募投資信託は制度上、利益が発生していない状態でも分配を行うことが認められている。毎月分配型の登場に伴い、「投資家間の公平性」を担保する必要性が出てきたためだ。
実は、2000年3月末までは、すべての投資家が購入時期に関係なく、同じ平均基準価額で課税計算される「平均信託金方式」が採用されていた。この仕組みでは、早い時期に購入した投資家ほど不利になるケースがあり、投資家間の公平性に課題があった。そうした問題を是正するために2000年4月から導入されたのが、「個別元本方式」である。本方式では、投資家ごとの取得価額(元本)を基準に課税関係を判断することで、購入タイミングの違いを反映した、より公正な取り扱いが可能となる。
例えば、決算日の直前に投資信託を購入した場合、短期間で基準価額が大きく上昇していなければ、受け取る分配金の大部分、あるいは全てが元本の払い戻しになる。元本の払い戻しに該当する部分は「元本払戻金」または「特別分配金」と呼ばれ、通常20.315%(所得税15.315%、住民税5%)かかる税金は非課税となる。
このように、個別元本方式の導入により、委託会社にとっては、毎月分配型で分配金を出しやすい環境が整った。運用益が十分でなくても、取得価額との比較で「税負担のない分配」を設計できるようになったためだ。
ちなみに、米国は日本のような個別元本方式ではなく、ファンド全体で実現益を共有する仕組みを採用している。そのため、他の投資家の解約によってファンドが資産を売却し利益が出た場合、自分が売却していなくてもキャピタルゲイン分配として課税されることがある。長期保有している投資家ほど、過去の含み益が思わぬ課税対象となるリスクを抱えており、この非効率性が後に投資信託のETFへの転換を促進し、ETF市場の拡大を後押しする大きな要因となった(米国の投資信託・ETF市場についてはまた別の機会に取り上げることとしたい)。
リスクと批判 ─ 行き過ぎた分配と制度のひずみ
話を毎月分配型に戻そう。本来、個別元本方式は投資家間の課税の公平性を保つために導入された制度である。しかしその一方で、運用益が十分に出ていなくても、取得価額との差額を「元本払戻金」として分配できるという副作用が生まれることとなった。
2000年代半ばにかけては、「グローバル・ソブリン・オープン(毎月決算型)」(当時:国際投信投資顧問、現・三菱UFJアセットマネジメント)が、年金受給者やその予備軍の間で圧倒的な人気を博し、残高を大きく伸ばした。この成功を背景に、同様の毎月分配型ファンドが各社から続々と設定され、委託会社間の競争が一段と激化していく。しかしその過程で、十分な運用益を確保していないにもかかわらず、高水準の分配金を継続するファンドも現れはじめた。こうしたファンドは、基準価額を切り崩しながら分配を行うため、「タコ足配当」と揶揄されるようになる。
2008年のリーマン・ショックを契機に、世界的に投資環境が悪化すると、分配原資を確保するために、オプション取引などを活用した複雑な仕組み型ファンドが登場する。代表的なのが、「通貨選択型」と呼ばれる投資信託であり、為替オプションを利用して分配金を上乗せする設計が広まった。だが、こうした商品にはリスク構造が分かりにくいものも多く、高齢の投資家に対してリスク許容度を超える販売が行われるケースが相次いだ。このため、関係当局は毎月分配型ファンドの商品性や販売手法に対して、次第に厳しい視線を向けるようになっていった。
分配の見直しと投資家保護 ─「予想分配金提示型」の登場
その中で登場したのが、「予想分配金提示型」と呼ばれるファンド構造である。基準価額に応じた分配金の目安額を事前に明示し、投資家との期待のギャップを抑えることで、分配の持続可能性に一定の理解を促す設計が採用された。代表的なのが、「アライアンス・バーンスタイン・米国成長株投信Dコース(毎月決算型・為替ヘッジなし)予想分配金提示型」である。同ファンドは、米国株式市場の追い風もあり、2014年の設定以降、約3.5兆円の残高を積み上げるまでに成長した。
制度的な変化や批判を受けながらも、毎月分配型ファンドは「わかりやすく、定期的にお金が入る」商品として、高齢層を中心に根強い支持を集め続けてきた。そして今、人生100年時代の資産取り崩しを支援する新たな制度設計として、プラチナNISA構想が浮上している。
プラチナNISAでは、毎月分配型やインカム重視型の投資信託・ETFが再評価される可能性が高く、かつて「分配金依存型」と揶揄された運用スタイルが、今度は「計画的な資産取り崩し」の文脈で制度的に位置づけ直されようとしている。
「なんだかんだで生き残ってきた毎月分配型」が、今度は高齢期の出口戦略の担い手として再び脚光を浴びつつあるのである。
プラチナNISAに向けた提言 ─ 出口戦略と「持続可能な分配」の条件
先述した「アライアンス・バーンスタイン・米国成長株投信Dコース」は、基準価額が下落して分配金が引き下げられると、途端に資金流出が加速する傾向にある。これは、分配金の額を販売の「フック」にしてきた「分配売り」から、いまだに脱却できていない証左ではないだろうか。現に、2025年に入ってからは、150円の分配を安定的に続けている「インベスコ 世界厳選株式オープン<為替ヘッジなし>(毎月決算型)」(愛称:世界のベスト)に資金流入のトレンドがシフトしている。
仮に現在の毎月分配型のトレンドをベースにプラチナNISAの骨格を作った場合、150~200円(1万口当たり。以下同。)といった分配額が、事実上の「毎月分配型のベンチマーク」として定着するだろう。しかし、高水準の分配を維持するには、海外株式などボラティリティの高い資産を中心に据え、しかもキャピタルゲインの払い出しを前提にしなければならない。投資家の側からすれば、「分配金は多いに越したことはない」と感じるかもしれないが、資産の取り崩しフェーズに入った高齢層が、グロース株中心の海外株式ファンドをコア資産にするのはあまりにもリスクが高く、資産活用の観点から見ても、持続的な運用にはつながらない。
そもそも、毎月1万口あたり数百円という高額の分配を1本のファンドで賄おうとするから無理が生じるのだ。例えば、複数の資産を組み合わせたバランス型ファンドで、インカムを中心に数十円程度の着実な分配を目指すという商品性ならどうだろうか。
筆者は、こうした「身の丈に合った」分配型ファンドを、プラチナNISAの「適格ファンド」として制度的に明確化すべきだと考える。現行NISAの「つみたて投資枠」でも、長期・分散・積立に適した商品という条件が定められているように、プラチナNISAにも「持続的かつ合理的な分配」を基準とした適格要件を導入すべきである。
さらに、投資家側の意識としても、1本のファンドに高額分配を求めるのではなく、複数の控えめな分配型ファンドを保有し、トータルでの分配設計を考えるという視点が必要だろう。それが、ファンド間の分配競争を抑制し、投資家にとっても健全で持続可能な資産活用につながるはずである。
過去を振り返っても、毎月分配型という器そのものに問題があったわけではない。投資信託の分配金は、本来、使い手の人生設計に寄り添うものであるべきだった。だが現実には、売り手の論理と作り手の競争が交錯する中で、分配は目的化し、制度本来の意図を離れてしまった。プラチナNISAが掲げる「安心して長生きできる社会」の実現には、そうした過去の歪みを乗り越える覚悟が求められている。

モニクル総研 アナリスト
篠田 尚子 Shoko Shinoda